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意識の探求

どうもこんにちは。就職面接の直前、公園のベンチでスズメの群れを眺めて「あぁ平和だなぁ」と幸福感に浸っていたら無事選考に落ちたUです。幸福度ナンバーワンの国・ノルウェーでは、テレビで「焚き火」や「船が海を進んでいる」映像が延々と流れているチャンネルがあり、常にまあまあの視聴率を取っているそうです。それを聞いて思いました。僕はノルウェー人なのだと思います。

さて。

今年に入ってからの不思議の会では「意識の探求」というテーマを提示していただき、今後横田先生が「常識の破壊」を押し進めること、さらには人間の可能性を解放していくための「エネルギーの転換法」なる技術が存在することなどをお話しいただきました。ご紹介いただいた映画「アンブレイカブル」「スプリット」「ミスターガラス」三作品もそれらを示唆する内容になっており、改めて「自分の声を聴いて、自分の可能性を開いて、全ての現実を自らの豊かさに変える選択をしつづけること」がこれからの生き方なのだと感じています。

一、二月は群馬県の業謝会にもどさくさに紛れてお連れいただき、その後今までにないいろんな感覚が浮かび上がってきています。一月には帰り車で送っていただいた後、眠気に耐えながら自転車をぼーっと漕いでいると、「全て幻である」「思い込みを溶かしていく」という文字がつらつらと浮かび上がってきて、人が大切に抱えている思い込みはまったくのフェイクであること、それを解消していくことなどが、言葉ではなくじんわりと心に灯るようにわかりました。

二月にはJALの飛行機が墜落した御巣鷹山に慰霊参りへ行きました。ふもとの資料館には持ち主不明の遺品がいくつか展示されており、熱に歪んだメガネや止まっている腕時計などが事故の悲惨さを物語っていました。遺品を見ていると、ひとつの生命の「終わりの瞬間」が生々しく感じられます。同時に、亡くなった人たちが生きた数十年という時間に思いを馳せている自分もいて、それぞれの人生を走馬灯のように追体験するような、なんとも言えない不思議な感覚がありました。ネガティブな印象ではなく「生死の境目なんて曖昧であってないようなものなんだ」というイメージでしょうか。そうであれば本質は意識そのものなのだから、人は夢を見るようにして自由に生きることができるのだと思います。

人や土地の影響を受けて、こんな風に普段思わないようなことを思うことがあります。そういった感覚は自ら進んで取りに行った情報よりも、自然に、深く、心に残ります。

一月のお話にあがった『ガイアの法則』という本があります。詳細は割愛しますが、概要は「文明は一定周期で興隆・衰退する」というものです。67.5度線を中心に1611年で1サイクル、前半と後半の805.5年ごとに22.5度ずつ西回り・東回り優位が移り変わります。直近では、古代ローマ文明、唐文明、アングロサクソン文明。そして1995年の阪神・淡路大震災を機に、東回りの135度線、つまり日本で新しい文明がスタートしています。

さらに著者・千賀一生さんによると、西回り優位の時代には物質文明、東回り優位の時代には精神文明が栄えるという法則があるとのこと。西回りのアングロサクソン文明が残したのは、ロスチャイルド家が作った金融のしくみ。お金というフィクションの崇拝から、人類は権力・支配・競争の道を歩みました。その最たるものが戦争ですが、誤解を恐れずに言うと、事実として戦争はテクノロジーの発達をもたらし、物質文明を加速的に発展させました(コンピュータももとは暗号通信の解読であったり、砲弾の弾道計算などを目的とした軍事用途で開発されました)。

これまでのテクノロジーがもたらしたのは「身体機能の拡張」です。紙の発明で人類は脳みそに記憶していた情報を取り出して保存できるようになりました。蒸気や電気は人間の手足の動力を何万倍にもしました。コンピュータは人間の計算能力を何兆倍にもしました。

しかしインターネットの登場で、単なる「身体機能の拡張」という発達段階としては一旦終わりを迎えて、今後のテクノロジーは「精神的な豊かさを物質的な豊かさに転換するためのインフラ」を整えいくことになると思っています。

グーグル、フェイスブックなどの世界的なIT企業、日本ではサイバーエージェント、ディー・エヌ・エーなどのITメガベンチャーほぼ全ては1996~99年に産声を上げています。新しい文明の礎となるシステムを築くのは彼らで、彼らが作っているものがどうして「精神的な豊かさを物質的な豊かさに転換するためのインフラ」になると思ったのかは長くなるので省略しますが、テクノロジーはこれまでとは違う文脈で人間本来の豊かさを開拓していきます。

結局は、いろいろと大変な過程を経てきたけれども、これから人は自分の本質と統合していく以外にないんだなと思うのです。

お金だって共同幻想であると同時に、価値の保存・交換・尺度という機能をもったテクノロジーでもあるので、なくなるのではなくてもっと理にかなった巡り方をするようになると思っています。これまでやや理不尽にも見えたそれが、より自然に、より本質的な価値へと流れるしくみが整っていくはずで、そこで思い返されるのは、やはりいつかの「いい実はいい木にしかならない」という言葉です。

お金はフィクションの「象徴」であって、本質的には、あなた自身のフィクションに気づいていきましょうと、そして手放していきましょうと、いつもお話しいただいているのだと感じています。だからこそ、やはり観ていくべきは自分自身の「意識」なのだと思うのです。

見切り発車で書き始めたら不時着しましたが、スズメばっかり眺めていても、お金ばっかり眺めていてもダメということで、物心両面の豊かさとそのバランス、そこを見失わずに進んでいきたいと思ったここ2ヶ月でした。

 

(Uさん・男性)

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