会員の皆さんの気付き

岡本天明と龍神様

こんにちは。

先だって所用で東京に行ったついでに千葉にある麻賀多(まかた)神社にご挨拶してきました。麻賀多神社とは、最近よく横田先生が口にされる、とある掛け軸を描いた画家の岡本天明が『日月神示』を降ろした神社です。

あまり『日月神示(ひつきしんじ、ひつくしんじ)』をご存じない方のために少しだけ説明しますと、太平洋戦争も終盤に差し掛かった昭和19年6月に審神者(さにわ)でもあった岡本天明が、その2ヶ月ほど前に自分に降臨した神霊「国常立尊(くにのとこたちのみこと)」に御礼のご挨拶のため、同神を祀っている天之日津久(あめのひつく)神社に参拝しました。ちなみにこの神社は麻賀多神社の境内摂社です。参拝し終え、社務所で一息ついているときに突然自動書記現象が起こり、右腕に激痛が走って、いつも持ち歩いている矢立と画仙紙を取り出し丸や数字、ひらがななどが羅列された自身でも意味不明のものを書き殴ったそうです。これを後に苦心して解読したものが『日月神示』で、身魂磨きや心の浄化、正しい食生活が書かれているだけでなく、今後世界で起こる大試練「三千世界の大洗濯」や「大峠」などが書かれている予言書でもあったのです。

当時下火になりつつあるとはいえ一時期大勢力を誇った新宗教「大本」との関連もあり、『日月神示』は今なお有名な神示です。

 

さて、話は本題に戻って、麻賀多神社を訪ねました。郊外の田舎びたさほど大きくもない神社で、いつものように普通に拝殿で参拝させて頂きました。

続いて左手奥にある東日本一の大杉(御神木)に参らせて頂いたときに驚きました。正面に立ったときはどうということはなかったのですが、左斜め後ろに回るととても強いエネルギーが感じられたのです。射貫かれたようにその場に立ちすくんでしまいました。なんとか抗ってそのポイントから身体を外し、驚きながらさらに御神木の後ろに回り、さらに正面に戻ろうとしたら右斜め手前で先ほどと同じ強いエネルギーに射貫かれました。

御神木の中心を通って斜め左後ろから斜め右手前へと鋭いエネルギーが横切っているのです。そのエネルギーの先が本殿に向かっていたのです。

御神木でこれほど強いエネルギーを感じたのは初めてで驚きつつも、「岡本天明が御神示を降ろされた祠はどこだろう」と思いながら本殿の裏手に回っていくとありました。「天之日津久神社」。

「自分が以前読んだ何かの本で見た写真ではもっと小さい祠だけのようなこぢんまりしたものだったのに」

と思いながら石でできた小ぶりだが真新しい鳥居の前で挨拶させていただき、中の赤い柵の内側に入ろうとしました。

が、入れません。あまりにエネルギーが強すぎて体が動かないのです。

そういうときはいつもそうするように身心が慣れるまでしばらくじっとしています。呼吸を整えてゆっくりゆっくり慣れさせていきます。傍から見ている人にはおかしな人に見えるでしょうね(笑)。

なんとか身体の自由も利くようになって参拝させて頂きましたが、そのときにドーンとはっきりしたビジョンが視えました。そう、大木のような大きな黒龍が真っ青な空へぐるぐる回りながら昇っていくのが。

これほどはっきりと龍神様を視たのは初めてです。以前横田先生の魂旅で行った青森の十和田神社で感じた龍神様よりずっとはっきりしたものでした。

 

ところで“何かの本で見た写真”と先ほど書きましたが、帰宅してから蔵書を調べてみたら『宇宙縄文神とのまじわり 日月神示』(中矢伸一、キース・ビーハン[英国スピリチュアリスト協会講師]ヒカルランド)に載っている写真でした。鳥居も赤い柵もない石の祠だけが建っているものでした。それに関連して著者の中矢氏とビーハン氏が天之日津久神社の前で交わしている会話の中でこんな文言があります。

ビーハン 「・・・さっきからずっと、竜の姿が見えます。竜のパワーに守られていますね。とてもよい、善のパワーです。心を清め、スピリットを清めてくれるものです。・・・」

すっかり忘れていたこの書籍の内容を改めて読んでみて、やはり天之日津久神社には龍神様がいらっしゃるんだと合点しました。また、岡本天明もきっと龍神様を視ていたから掛け軸に龍神様が描かれていても不思議はないのだと思った次第です。

今回の関東行では麻賀多神社のみならず東国三社を始め三峯神社等いろいろ巡ったのですが、長くなるのでこの辺で終わらせて頂きます。長々と失礼しました。

 

(Kさん・男性)

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