会員の皆さんの気付き

自分の感覚と気づき

今年は、地震や、台風による水害、猛暑と自然の厳しさを感じる出来事が現象としてどんどん起こってきていますね。僕の中では、私生活も同じだなと感じるこの頃であったりします。

変化とは、地震が起こるような変化もあれば、朝、昼、晩というふうに穏やかに変化していくこともあると今更ながら感じております。地震は少しずつプレートがズレていき、行き場のなくなった圧が解放されることで起こる。人間関係は、言葉の重みや激しさでズレを起こす場合、コミュニケーションを怠ってしまい、「相手はそう感じているだろう」と思い込みがズレを生じさせている場合、様々あると思います。それが地震のように大きな問題となって現象化する。僕の場合は、コミュニケーション不足からズレが生じることが多いです。普段からあまり言葉にしてあれこれ言わないタイプで、争いを避けたいので言わないです。攻撃されたくないし、攻撃したくない。こういう考えが招く歪みも多いです。

ただ、最近積極的にコミュニケーションをとっていかないといけないなということが多くなり、あまりいいたくないことも言わないといけないという立場になってきました。例えば、Aさんが「この人の為にいいから」とか、「〇〇のことを思って」とかいう言葉は、対象物や対象者のことを本当に思いやって行動しているのか?と感じることがありました。聞いていくと、自分の思いで動いていたり、コンセンサスが伴わない自分の考えから出てくるもので決めたりしているところがあるな、と感じるものでした。

そういう時に特に意識することが、和の会で教わっている意識を感じて流すという事。あと「どちらも活かすにはどうしたらいい?」という質問。それに沈黙や間を大切にすることです。

和の会で教わっていることは、相手の力を流す、力のポイントでとどめない。会話中もこれを意識するだけで、少し流れが変わります。和の会でやっていることは在り方を教わっているなと感じています。

仕事を辞めて自分の感覚が鈍っていたなと感じることを実感しました。

ある日昼寝している時、ふと目が覚めて、「ハヤシライスが無性に食べたい」と思い、直ぐに買い物に行き作り食べました。そんなことで?と思われる方いらっしゃると思いますが、ここ一年間の僕からは考えられないくらいの衝動と直感でした。忙しいは、以前不思議の会で横田先生もおっしゃっていました、「心が亡くなる」ということで、僕もそういうことになっていたなと、この時初めて知ってたつもりやわかっていたつもりという「つもり」どまりから、実感できたということに気づきました。普段は集業的無意識にいて、感じなくても自動で世の中も生活も回り続けているように見えている。このループにまんまとはまっていました。以前会員のMさんもおっしゃっていた、たった一ヶ月中の給料日一日の為に汗水たらして、働いてる。こんな感じでしょうか。

心理学でも同じようなことがあるんです。

「同調圧力」という言葉。

これは、簡単にいうと周りに合わせようとする場の力という感じです(おかしいと思われたくないという感じ)。でも、心理学や学問は、直ぐに「じゃどうする?」「そうならない為には?」という結論を急いだり、打開策を考える方向に持っていきます。そうすると、どうしても腑に落ちないという現象が起こります。意識を下ろす間がないからいつまで経っても身体に残っている。けど、次の出来事も起こりまた残って溜まって滞る。

これの繰り返しだと感じます。これじゃしんどいだけですね。

これからはいい流れを作っていけるようにさらに感覚を大切に、中心を大切にしていこうと思います。読んで頂きありがとうございます。

 

(Iさん・男性)

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