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つながり

今年の2月に姪が第一子を出産しました。私が高校生の時に姉が出産した長女でしたが、気がつけば大きく成長し子どもを授かる年頃になっていました。その姪が出産したことで、昔の思い出がふと思い出されました。

以前にも書いたことがあるのですが、私が福岡の田舎に帰省していたときの話です。その頃も仏教や修験道などに興味関心があったので、昔から縁があった九州の修験道の中心である英彦山や求菩提山へ登ったり、鬼杉、山伏の住居跡などを巡ったりしていました。

以前から京都の鞍馬山には天狗伝説があり、サナートクマラが降り立ったと聞いておりました。その際に、地元の英彦山にも流星のことを天狗(てんこう)と呼び、流星の光の尾が空を飛ぶキツネの尻尾に見えることからそう言われていました。のちに天狗(てんぐ)と呼ばれるようになり、九州各地に天狗伝説が残されていることを思い出しました。何故か天狗のお面を飾りたいと、探していたのですが、中々思い描いている天狗面に会うことが出来ませんでした。そんな中、母親より天狗の催しものがあるらしいよと教えてもらったので、早速両親の案内で催しもの会場へと連れていってもらいました。さすが天狗の地元(?!)そこは大きなお店の一角でしたが、天狗の鈴から天狗のうちわ、からす天狗や高下駄まで天狗に関する多種多様なものを販売されていました。たくさんの天狗面が壁一面に飾られている様子は圧巻でした。大きさも大小様々で壁にかざる為の大きなお面から実際に顔に被る大きさのものまであり、そのどれもが赤色を基調とし ており、とても色鮮やかで見とれてしまいました。

作者による違いなのか、地方の伝承による違いなのか、どのお面の表情や色使いにも特徴がありました。その中でも壁の端に飾ってあった、ある天狗面を一目で気に入り購入しました。1度自宅に帰ったのですが、また天狗面に会いに行きたくなったので、翌日に一人でまたお店に出向いていきました。他の作者は色んな種類の天狗面を手掛けておられましたが、その作者は一種類の天狗面だけしか作っておられず、私が昨日天狗面を買い占めてしまっていたようで、そのお店にはもう品物がないとの事でした。

そこで、直接作者のご自宅に伺おうと思い、お店の方に住所を教えて頂きました。その足でご自宅に伺わせていただくと、工房兼ご自宅で丁度制作の最中でした。いきなりの訪問にも関わらず、丁寧に案内していただき、お店の歴史も教えて頂きました。先代が病で倒れられたのをきっかけに、娘婿である現在のご主人があとを継いだとのことでした。そのご主人や奥様と話をさせていただいていると、展示されて置かれているものとは違い、玄関の上の壁にかけられている天狗面がとても気になってしまいました。その作者はこの工房の初代の方の作品で、ご主人の天狗面の見本とのことでした。「売り物ではないので、すみません」とまだ何も話していないに。何かを感じたのか、私自身も凄く気になる し気に入っていたのは確かなのですが、まだ何も言ってないのに関わらずです(笑)。

他にも天狗面を購入して、そろそろ帰ろうかなと思った時に、ご主人が「そのお面も一緒にどうですか?」と言って下さったのです。一瞬、どのお面のことだろうかと思ったのですが、「このお面(玄関の上にあるお面)ですが、あなたにお譲り致します。もうほこりもかぶって古くなっておりますので、お持ち帰り下さい。」と、有り難いお言葉をいただきました。嬉しくなり、意気揚々と実家に戻りました。

たくさんの箱を持つ息子に両親は、「何を買ってきたの?」と驚いていました。実家でいつも使わせていただいている部屋に天狗面の箱を置いて、両親に今日天狗面を購入してきた経緯やご主人とのやりとりを報告していると大きな音が聞こえてきました。それはドーンという音とともに、姪の鳴き声が聞こえました。音が聞こえてきた方に向かっていくと、それは天狗面を置いた部屋で、そこには姪っ子が立っていました。恐る恐る近づいてみると、一番大きな箱を落とした様子。箱を開けてみると、先ほど頂いたばかりの初代作の天狗面が、割れていました。母親にはこの天狗を頂いた経緯を話していましたので、その場で姪を叱り始めました。私は自分があれほど欲しがっていた天狗面なのですが、「怒る」とか「もったいない」とかという感情はなく「これで良かった」、「このためだったのか」と何故か自然と沸き上がってくるのです。母親にはもう叱らなくていいことを伝え、姪が泣き止むのを待って「大丈夫だよ」と声をかけました。そんなことがあったのもあり、姪が遊びに行くことを予定していた公園へ行く事が出来なくなり帰宅してしまいました。

姪には申し訳ないことをしたなと思っていたところ、後日母親より、姪が行く予定にしていた公園で遊具の事故があったことを聞きました。幸い怪我人はいませんでしたが、もしあのまま公園に行っていたら事故に巻き込まれていたかも知れません。事故のあった時間が、姪が遊びに行こうとしていた時間帯とのことでした。その時に母親が「あの時、天狗のお面が割れて良かったね。あれが無かったらあの公園に行ってたからねぇ。」と言うのです。厄払いのように、天狗面が割れた事によって姪の災難が免れたと感じるのです。

「大難が中難に、中難が小難に、小難が無難に」という言葉があるように、天狗面が役目を果たすために私を通して我が家に来たのだと思うのです。全てが必然として繋がっていて、今回の姪の出産に向かっていたと思えば感慨深いものがあります。ただ、母親が言うことは確かにそのおりだと思ったのですが、自分で思うのはいいのですが、自分以外の人から「割れて良かったねぇ」と言われると、なんとも不思議な気持ちになったものでした(笑)

 

(30代・男性)

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